最近、親から子へ伝えられた昔ながらの家庭料理がおろそかになり、料理屋風料理が家庭の中に入ってきているように思います。テレビ、 新聞、雑誌等で見栄えするうまそうな料理が紹介され、それが家庭の食卓にのぼれば食事内容も豊かになったような気がするのでしょう。また、料理素材もたい へん豊富で、専門業で使う品が一般の家庭でもたやすく手に入るようになったことも理由の一つと考えます。
ある有名な財閥の屋敷に非常に料理がうまい老女中がいたそうです。主人はもちろん当人もなかなかのご自慢。来客にも評判がよいというので、北大路魯山人がごちそうになりました。が、いたく失望。そこの料理は皆、御出入り先の料理屋から学んだままの料理だったからです。
私 にも魯山人の気持ちがよくわかります。料理屋のまねごとだったら、若い料理人でも五年もすればそれらしいものが十分にできます。料理職人を買いかぶり過ぎ てはいけません。一流料亭の主人や著名な料理人が作る、どのような品をどうして調理したかわからないが見た目にきれいな料理も、料理の発達に多少関係ある でしょう。でも、家庭料理は心身の健康、家族の団欒など生活にかかわる本質的なことです。一度、見直す必要がありはしないでしょうか。
私は、この道に入って三十年近くになります。今まで多くの板前と一緒に仕事し、教えを請い、また若い料理人を何人か使いました。
でも、料理するということが本当に好きで入った人は一割にも満たないほど。身銭を切って他人の料理を食べたり仕事をしている人はほんの一握りです。
大多数の料理人は、料理道という「道」にかかわりなく生きている様に思え、残念でなりません。