私の店では、新しく見習いの人が入ると必ず、自分の包丁を買わせます。他人の包丁では気が緩み、心構えが違ってきます。そして次に、自分で包丁を研ぐこと。使う人によって包丁の角度が違いますが、魚をおろすときと研ぐ時の角度は同じ。他人の角度ではおろしにくいものです。
私の修行時代は、昼の休憩や仕事が終わってから、指先が薄くなって血がにじみ出るくらい包丁を研いだものです。
研ぎすまされた包丁は、料理に使わなければ「凶器」と一緒。ふだんは手足のごとく血の通った働きをしてくれますが、包丁を研ぐとき気を抜いたら思わず大怪我をすることがあり、ひとつの型にはまった研ぎ方をしなければなりません。
何 もわからぬ若者が見習いに入り、包丁がちゃんと研げるようになると他の仕事もそこそこできるようになります。三、四年修行すると一通りの仕事ができるよう な気になり、もう一人前の気分で態度が大きくなるころ。そういうとき、他の店に修行に出しますと、自分の力のなさがイヤというほどわかり、勉強になりま す。
刃物は最後の火入れで切れ味、粘りが出ます。焼き入れが肝心、われわれ料理人もほんの付け焼刃ではすぐに地がばれてしまいます。何事もしっかりした仕上げが大切だと思います。