「何かおいしいものを」とお客様によく言われます。
料理屋の手の込んだ料理も美味しいでしょうが、板前をしている私は、家庭の手料理で浅漬けの美味しいものを出されたらなによりも嬉しいものです。
手の込んだ美しい料理を覚えることも必要でしょうが、簡単でうまい方法を知るのも大切なことなのではないでしょうか。浅漬けなど子供でもできるとはいえ、案外うまく漬け込むのが難しい漬物で、塩加減ひとつで左右され、塩の大切さがよくわかる料理だと思います。
私が、見習いのころに使っていた塩はもっと結晶が荒く、湿り気のある「荒塩」で、まだ少しにがりが残っていますが全体の味がまろやか。今の食塩のように辛さばかりの塩ではなかったように思います。特にお吸い物や漬物にすると、味の違いがよくわかります。
若 いころ“オヤジ”は調味料、材料、また火や水の使い方にたいへんうるさく、若い自分たちにはケチに思えるほどでした。特に塩の使い方には大変厳しく、よく 怒られたものです。キュウリを刻む前、表面のイボをとったり色良く仕上げる目的で「板ずり」をしますが、いい加減にしてよく頭をたたかれたものです。
料理見習いから四、五年すると煮方をやります。一番難しいと思うのは塩味で旨味を引き出すこと。醤油味は割合、だれがやってもうまく味付けできますが、味付けの上手下手は、塩味をうまくこなす、また砂糖の甘みをうまく引き出せる職人の腕にかかっていると思います。